
タロットとは
※ タロット・カードは心を映す鏡
※ 悩みへの「対策」も示してくれます
タロットの原理
・ 私たちが抱える問題の多くは、その“本当の原因”が心の奥深く(潜在意識)に隠れているため、普段自分では気づけません。
・ しかし、自分で引いたタロット・カードの展開に意識を向けることで、その潜在意識の一部を垣間見ることができます。
・ カードは、あなたの心を映し出す鏡のようなものです。なぜなら、カードの絵柄にあなた自身の心が投影されるからです。
・ そのため、タロット・リーディングを行うと、心の底にある“本当の問題”に向き合うことができます。
・ さらに、問題のカードの下に「対策カード」を引くことで、その課題にどう向き合えばよいかのヒントを受け取れます。
・ 是非一度、体験してみてください!
お申込み
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・ メール・アドレス:mizunot2@gmail.com
初めに
・ 私は、タロットカードとの対話を通じて人生をより深く生きるためのヒントが得られると思っています。タロット・リーディングでは、偶然に現れたカードを、質問者と読み手が共に読み解いていきます。その「偶然」の中に私たちの潜在意識の深層が投影されることがあります。
・ 特に重要なのは、私たちの無意識に潜む「シャドー(影)」の存在です。シャドーとは、過去のトラウマや、時に前世から持ち越した課題など、私たちが普段意識していない領域にあるものです。それらは、知らず知らずのうちに私たちの人生に影響を与えていることがあります。タロットは、このシャドーに光を当てる手助けをしてくれます。
・ カードの絵柄に何を感じるかは人それぞれであり、そこに無意識の声が反映されることがあります。それを見逃さず、丁寧に読み解くことで、魂の成長と人生の変容が始まります。 ここでは、タロットを自己探求の道具として活用することを目指します。共に学び、語り合いながら、タロットを通じて人生を紡いでいきましょう。
22枚の大アルカナ

カードの展開例
・ 下図は試しに引いてみた3枚のカードの例です。ここから何を読み取れるか、ということを試しにやってみたいと思います。カードを引く際にどんなことを質問として思い浮かべたかというと「私はこれからどう生きて行ったらいいか?」という漠然とした問です。
X「運命の輪」

XVII「星」

VIIII「隠者」

・ 最初に出てきたカードは、真ん中のXVII星のカードです。これは逆向き(上下が逆さま)に出てきました。これを現状カードといいます。現状がどうであるか、ということを示すカードです。逆向きに出てきた、ということは何かそこに問題が発生している、ということを意味します。
・ このカードを見て思い浮かんだことは、このカードの女性が今の自分だ、ということです。よく見ると女性のお腹はふっくらとしており、妊娠しているようです。ですからこれが自分だとすると、自分は今、何かを生み出そうとして懐胎しているけれども、逆向きなので出産に際して何か問題が生じているということです。
・ 今、自分は何かを生み出そうとしているけれども、すんなりとは行っていない、という現状が示されています。今、自分はこうして日々記事を書いて、何かを生み出そうとしているけれど、すんなりとは成果が出て来ない、ということを表していると思いました。
・ カードで次に眼が行ったのは、女性の隣に生えている木に、黒い鳥がとまっていることです。集まるという漢字は木という字の上に隹という字があることでできています。隹という字は鳥を意味するそうです。ですから、木の上に鳥がのっていることで集まるという意味が導き出されてくるそうです。
・ 次に左側のカードですが、これはX運命の輪というカードです。現状カードの左に来るのは、経緯のカードで、どういう経緯で現状になったのか、ということを示します。
・ このカードでは、真ん中にいる空色をした動物に眼が行きました。カードの真ん中に描かれている車輪のようなものが運命の輪で、この輪にしがみついて運命が上がったり下がったりしています。それに対して真ん中の空色の動物は、その輪の中から抜け出て泰然としています。
・ 現状の私は、何かを生み出そうとしていますが、どういう経緯でそうなったかというと、日々の出来事に翻弄され慌ただしく生きている自分を見つめなおし、そこから一段上に抜け出した境地に達して、心の安定を得たいという気持ちがあるからだと思います。しかしながら、このカードも逆向きなので、その願いはまだ達成されていません。
・ 最期は、右側のカードですが、これはVIIII隠者のカードです。このカードに示されている人が誰なのかまだ分かりませんが、だれか私を導いてくれる人のようです。これは展望カードといって、これからどういう風に物事が展開していくか、ということを示すカードです。このカードは正立(上下が逆になっていない)なので、私は、だれか自分を導てくれる人にこれから巡り会えるようです。
・ 隠者というのは、叡智を身につけている人で、暗い夜道でランタンを掲げて旅人に道を示しています。私は、現状はまだ上手く何かを生み出すことができず、人を集めることができないけれど、これから自分を導いてくれる人に出会って、進むべき道を示してもらえる、ということのようです。
・ このように、シャッフルし裏向きになったカードを引いてそこから浮かんでくるイメージを辿っていくと、私の問に対して、一つのまとまった物語が浮かんできます。ということで、カードをどう引いて、どう読んで行くかということの実例が分かっていただけたのではないかと思います。
対策カード
・ 私のやっているタロット・リーディングのやり方では、シャッフルして裏向きになったカ ードの山からアットランダムに引いたカードを表向きしたら、逆向き(カードの上のローマ数字が下に来た場合)だった場合、何か問題や課題が発生していると解します。
・ これを課題カードと呼び、課題カードが出た場合には、その下に対策カードというのを引きます。対策カードとして出したカードは(たとえ逆向きに出たとしても)必ず正立にします。
・ 具体例で言いますと、たとえば下図のようにVI.「恋人」のカードが逆向きで出たとします。このカードの解釈としては、例えば、今直面している問題について周りの人にアドバイスを求めても答えが得られない。あるいは、問題の答えを出すのに人に頼りすぎている、といった様に解釈します。
VI「恋人」

I I「斎宮」

・ この場合、カードが逆向に出たのでそれに対する対策カードとしてその下に1枚カードを引くと、II.「斎宮」のカードが出てきたとします。この場合の読み方としては、問題の答えを人に求めるのではなく、答えは自分の内側にある。なので、一人静かに瞑想し、自分の内側を探索すればいい、というのがその答え、対策になります。
・ 前回はXII.「宙吊り」のカードを取り上げました。このカードにおいては、若い男性が逆さに吊るされていました。逆さであるというのは、何か問題を抱えていることを示します。
・ 実際、この男性は木の枠で周りを囲われ、一見出口がないように見えます。しかし、よくみると下の方は開いています(下図)。
XII 「宙刷り」

・ つまり、三方が塞がれていて一見出口がないように見えても、逆転の発想をすれば出口は見つかる。課題に対する対策は必ず存在する、ということです。
・ そして、出口は下にある、ということも示されています。自分の内部に下降して行けばそこに答え=対策は見つかる、ということが示されています。
・ この場合に大切なのは、対策カードを見て、単に表面的にカードの意味やキーワードから答えを見つける、というのではなく、そのカードの中に自らが入り込んで行くような感覚でそのカードを眺めて見ることです。
・ 上の例では、II.「斎宮」のカードをじっと見つめて、自分がカードの中に入り込んで実際に静まり返った部屋で独り、空色のヴェールに覆われた椅子に座って、静かに瞑想しているイメージを持つのです。その時、自分のこころに浮かんできた言葉やイメージ、そこに今自分が抱える課題に対する答えのヒントが示されていると思います。


数のない愚者
・ 「数のない愚者」に描かれているのは、杖をついて歩いている人物です。視線は前方の上の方を見ています。足元は見ていません。なので、ちょっと危うい感じがします。
・ ウェイト版のカードでは名前が「The Fool」となっています。Foolというのは愚者、バカ者という意味です。あるいは、ピエロ、道化を意味します。
・ ウェイト版のThe Foolのカードでは、登場人物は崖の淵に立っています。しかし、彼も足元は見ていません。なので、非常に危うい状況です。一歩足を踏み外せば崖の下に落ちてしまうでしょう。
・ マルセイユ・タロットの「愚者」は物事に頓着しない人物のようです。ズボンにはところどころ破れ目がありますが、彼は気に留めていないようです。
彼の後ろには犬がいます。空色なので霊的存在です。霊的存在が彼を後ろから後押ししているのです。でも、彼はそれには気づいていません。
・ 足元の地面は水で濡れているようで、沼沢地帯のようです。マルセイユ・タロットにゆかりの地である、フランス南西部のラングドック地方も地中海沿岸の湿地帯で多くの湖沼が見られるそうです。
・ インターネットで「愚者」について検索したら、富山大学の藤田秀樹さんという方の「風変わりな歴史の語り部としての道化・トリックスター・聖なる愚者――ロバート・ゼメキスの『フォレスト・ガンプ 一期一会』を観る」という研究報告をみつけました。
藤田さんは映画フォレスト・ガンプの主人公は「道化、トリックスター、聖なる愚者」であり、また「歴史の語り部」として「歴史の様々な舞台に紛れ込んで、意図せずに『悪戯』を働く」と述べています。
・ 藤田さんは「愚者」(fool)や「道化」は「『愚か』で『非常識』な振舞をし、それらの滑稽さや珍妙さで人々を楽しませる存在なのだ。一方でその振舞は、社会や文化の支配的な礼節、規範、権力などに対する諷刺、揶揄、からかい、茶化しとしても作用し、「賢」や「常識」や「権威」を挑発し、またそれらの意味と価値を問い直すものにもなる。」としています。
・ フォレストについて藤田氏はまた「神話や民話に登場する悪戯者であるトリックスターを思わせる。トリックスターは、『力のなさを知恵でカバーし』、自分より強いものをやっつけるいたずら者」であるとしています。
・ さらに彼の聖性についても言及し「そもそも財や名誉、私利私欲に全く頓着しない無欲快淡、無私、無垢、そして.....といった『奇跡』は、彼に聖人のような気配を、言わば聖性を纏(まと)わせるものだ。.....彼は『愚』の立場から素朴でナイーブな語り口で権力や権威を、つまり力や賢さを持つとされる者たちの『愚かさ』を暴き出す。」と述べています。
・ 河合隼雄先生は『影の現象学』の第四章で「影の逆説」と題して、1.道化、2.トリックスター、3.ストレンジャー について述べています。
そこではまず「道化の機能を考えるには、それを王と対比させてみることが非常に効果的である。道化はいわば影の王としての意味を強く持っている」と述べ「王が規範と秩序を表すとき、道化はその規範で律しきれぬ新たな真実をそこにもたらすものである。」としています。
・ また河合先生はトリック・スターという存在について「トリックスター(trickster)とは、いたずら者、ぺてん師、詐欺師などとも訳されているが、これは神話・伝説の世界に活躍する道化であると考えればよいであろう。」とした上で「ある人が人生を創造的に生きようとするかぎり自分の心の内部のトリックスターと常に接触を失わないことが必要であることは事実である。王や英雄への同一化を急ぐあまり道化性を失ってしまった個人は、いかに弾力性に欠け、危険性に満ちたものとなるかはすでに見てきたとおりである。」と述べています。
・ 以前、お寺の座禅会にしばらく通っていたことがあります。座禅をひとしきりやったあと、お茶菓子をいただきながら和尚さんのお話を聞くのですが、ある時和尚さんがその寺と縁の深い白隠和尚のお話をされた後、例えば人から「バカ!」とののしられた時、頭に来るのではなく、へらへらしながら「そうなんです。馬鹿なんです。」と言えるようでなくてはいけない、とおっしゃっていたことが印象に残っています。
・ 私はまた長年、気功・太極拳教室に通っています。そこで常々先生から言われていることはとにかく「脱力」ということが大事だということです。最近やっている修練では、2人でペアになって一人がもう一人の後ろに回り、上腕のあたりを両手で挟んで前の人を動かそうとし、それに対して前の人は動かないように踏ん張ります。
お互いに力と力のぶつかり合いになってしまうと、なかなか相手を動かすことはできないですし、やっていてもあまり気分がよくありません。自分という個と相手の個が力でぶつかり合うと、お互い固くなってしまい、固体と固体のぶつかり合いで気分よくありません。
脱力して、自分と相手が液体になり、水が混じり合うように相手と一つになった感覚で力を流し込んで行くと、脱力しているのに相手を簡単に動かせてしまうことを体験します。もちろん、これも動かそうとするとつい力が入ってしまうので常に上手くはいかないのですが。
・ 「愚者」は脱力系の人物だと思います。フォレスト・ガンプは何も世俗的な権力を持たないのに、世間に対して大きな影響力を持ってしまいます。
座禅を習った和尚さんがおっしゃったようにバカになるというのは大事なことかもしれません。私はまだまだ修行が足りないので、人から「バカ!」と言われればつい、「何を!」となってしまいますが。
I「仕事師」

I.「仕事師」 フィフス・エレメント
・ 今日はI.「仕事師」を取り上げようと思います。
このカードには、若い男性が描かれています。左手にバトン(棒)を持ち、右手にも何か持っています。派手な目立つ服装をしており、視線は横の方を見ています。
・ 帽子はレムニスケートの形をしています。レムニスケートというのは、数字の8を横にしたような無限大記号(∞)のことです。これは、仕事師の持つ無限の創造力を表していると考えられます。
・ 彼が立っているのは戸外の自然の中のようです。道端に机を置いて、通りがかりの人に何かを売ろうとしているのかもしれません。あるいは、何か手品のような見世物をやってお金を得ようとしているのかもしれません。大道芸人とか香具師といったたぐいの人かもしれません。
・ 巧みな話術で人を引きつけて、物を売ったりお金を得たりするのが目的です。どうやって注意を喚起し、関心を持ち続けさせられるかがポイントです。つまらない、と思われたらすぐに立ち去られてしまいます。
机の上には様々なものが置かれています。それらは四大に関係するものです。四大というのは、この世のすべての物質を形成している4つの元素(エレメント)のことで、地、水、火、風の4つから成り立っています。
・ 西洋では、古代ギリシャのエンペドクレスが提唱した四元素説が有名で、四大が組み合わさって自然界の様々な事象が生じると考えられていました。
タロット・カードには22枚の大アルカナの外に56枚の小アルカナのカードがあります。小アルカナは「コイン-金貨」「カップ-杯(さかづき)」「バトン-棒」「ソード-剣」の4種類があり、それぞれ「地」「水」「火」「風」を表しています。
仕事師が手に持っているものと、机の上に並べられているものは四大を表しています。机の上の〇はコインを表しています。硬貨は文字通り硬いですが、「地」の特徴は硬さです。
・ カップは「水」を入れる入れ物なので「水」を表します。水は流れたり、浸透したり、混じり合ったりします。仕事師が左手に持っているのはバトン=棒です。棒は木でできており、火をつけると燃えるのでは火を表します。火は熱さの象徴です。机の上の剣は「風」を表します。剣は空をきって風を起こすからです。風は吹くものです。風評というように、うわさ等も風です。風は知識や情報も表します。風のように広がっていくからです。
・ リュック・ベッソン監督、ブルース・ウィリス主演の「フィフス・エレメント」という名前の映画がありました。映画では「フィフス・エレメント」は世界を救う5番目の要素とされていました。第5元素、フィフス・エレメントというのは「気」のことです。気功法の「気」です。ルドルフ・シュタイナーの人智学では「エーテル体」と呼ばれています。生命力をあらわします。机の上のバッグはこの第五元素を表します。
・ エーテル体(気)にはモノゴトを結びつける働きがあります。仕事師はエーテル体を使って、四大を自由自在に結びつけ、新たな創造を行っているのです。「仕事」というのは、新しく事業を始めたり、頭の中にあった「計画」を現実化することです。上手くいくとそれは魔法や手品のように見えるかもしれません。仕事を上手くこなしたり、計画を現実化させていくためには才覚や創造性が必要です。
・ 道端で手品や大道芸をやってお金を取ったり、物を魅力的に見せて売ったりするには、巧みな口さばき、手さばきで人々を魅了しなければなりません。場合によっては、だましたり、わざと錯覚をおこさせるようなこともあります。
・ デパートでキッチン用品の実演販売をしている人は、巧みな手さばき口さばきでその商品がいかに魅力的か説明します。一発勝負です。見ている人の関心が低下すれば、すぐに立ち去られてしまうから必死です。
・ あるいは渥美清さん演じる寅さんのようにトランク片手に旅から旅を回って、人々にモノを売る商売もあります。口八丁、手八丁で人々を煙に巻き、思う方向に人々を誘導してものを買わせようとします。
・ 中には胡散臭い商品やパフォーマンスもあるでしょう。時にはウソがばれてしまったり、手元が狂って手品の種がバレてしまうこともあるでしょう。騙してお金を巻き上げていたりした場合、そうなったら一目散に逃げ出さなければなりません。
・ I.「仕事師」の足の形をみると、爪先を左右に広げています。また目は横の方を見ています。これは状況が悪くなってウソが見破られたら一目散に逃げだせるようにそうしているのです。
・ なので、彼にはすばやい状況判断と機敏さが求められます。この二つは仕事を成功させるための要訣です。
要するに、仕事師は机の上の四大および第五元素を使って、望む状況を出現させる魔法を行っているのです。ということで明日は、魔法についてお話したいと思います。


ウェイト版 「魔術師」
魔術師
・ ウェイト版のI.のカードはThe Magician(魔術師)となっています。I.という数字は新たな始まりを表す数字です。奇数は男性的な能動性を表します。棒が天に向かって起立している様子も表しています。
・ 魔術とか魔法というのは、言葉や仕草あるいは道具を使って、自分が望む状況を現実に引き起こすことだと考えています。
・ マルセイユ・タロットでは仕事師として、大道芸人や手品師を例にしました。熟練した技術と語り口上で見る人を引き付け、自分の意図(モノを売ったり、お金を取ったり)することを実現する人です。場合によっては人をだましたり、詐欺を働く場合もあるかもしれません。
・ ウェイト版「I.The Magician」 魔術師は創造力によって新たにモノゴトを生み出していくことができる人です。そこには新たなモノゴトを生み出そうとする意志があります。ヨーロッパの中世においては、魔術と科学の区別があいまいでした。錬金術の操作は一種の化学の実験でもあったのです。
・ 現実にはあり得ないようなことが起こる、あるいは起こったようにみせかける訳ですから、そのための説得力も必要です。
・ マルセイユタロットの仕事師の帽子のレニムスケート(∞)のマークは、ウェイト版の魔術師の頭の上にもあります。無限の創造力を表す印です。
・ 手品というのもある意味、魔術に近い面があるのではないでしょうか。手品には種があり、そこでは何も不思議なことは起こっていないのに、錯覚によってあたかも不思議なことが起こったように仕組む訳です。魔術にもこれに似た面があると思います。
・ ウェイト版のMagicianは右手が上方を指し、左手が地面を指しています。これは宇宙の原理と地上の現象の間には照応関係(コレスポンダンス)があるとするヘルメス思想を表しています。
・ これは伝説的な賢者ヘルメス・トリスメギストスに由来するとされる古代の錬金術文書『エメラルド・タブレット』によるものです。そこには「As above, So below (上の如く下も然り)」という言葉が書かれていました。魔術師は宇宙の根源的なエネルギーと地上世界を繋ぐ存在です。
・ 魔術と類似したものに呪術があります。ネットで調べると呪術について人類学者のジェームズ・フレイザーという人が『金枝篇』という本で呪術と宗教を分ける考え方を示していました。
・ フレイザーは「呪術には行為と結果の因果関係や観念の合理的体系が存在し、呪術を宗教ではなく科学の前段階として捉えた。しばしば依存的態度が強い宗教に対し、(呪術は)因果律に基づく操作的な態度をもつ点を差異として捉える。」とされていました。
・ また、呪術には2種類あって、動機をもった操作的な態度から人に禍をもたらそうとする呪術を「黒呪術 black magic」といい、雨乞いや病気回復など公共の利益をもたらそうとする呪術を「白呪術white magic」と言うのだそうです。
私たちは日々仕事をしています。単純な日々の繰り返しではなく、日々よりよい仕事をしようと努めれば、そこには創造性が芽生えてくるでしょう。
・ 創造性の発揮によって仕事で魔法のような成果を上げることができるでしょう。それにはよりよい成果を上げようとする意志と、新しいことを生み出すための直感が必要です。
・創造的な仕事は内面的な洞察や直感を、現実世界で具現化するプロセスであるとも言えます。自分の内なるビジョンや情熱を、具体的な形にする作業です。私たちは仕事を通して、日々創造性の発揮=魔術を行っていると言えるかもしれません。
II「斎宮」

ウェイト版 「女教皇」

II 「斎宮」
・ 今日はII.「斎宮」のカードを取り上げます。「斎宮」というのは、神につかえる天皇家の未婚の女性のことです。具体的には、天皇に代わって伊勢神宮に仕える皇女のことで、「いつきのみや」とも呼ばれます。
・ ウェイト版ではII.「女教皇」(The High Priestess)と呼ばれています。9世紀に「ヨハンナ」という名前の女性の教皇がいたという伝説がありますがさだかではありません。
・ 松村潔さんは『数の原理で読む タロットカード』(星和書店)という本の中で2<女教皇>のカードについて、「女司祭は、ギリシャ語で“女性の知恵”を意味するソフィアとも呼ばれていたが、これはもともと神の配偶者あるいはシャクティ(力)として、女性の姿をした聖霊の名前であった」としています。
・ マルセイユタロットのII.「斎宮」は聖性を表す空色のヴェールに包まれて一人静かに物思いにふけっています。手に本を持っていますが、読んではいません。彼女は自分の内面を見つめているのです。
・ このカードのキーワードは「受容」です。受容性は女性性を象徴する言葉です。Iの「仕事師」が積極性、男性性を表すのに対してIIの「斎宮」は受容性、女性性を表します。
主体は能動的に働きかける存在であり、客体は受動的に観察される対象です。客体は感覚を通して知ることができるものです。これに対して、主体は感覚を受け取るものであり、意識です。
・ 自分を「見る」あるいは「知る」ためには自分を「客体化」する必要があります。鏡は、私たちが「主体」として振る舞う際に、自分自身を「客体」として認識するための道具です。
・ こうして世界は「見るもの」あるいは「知るもの」=「主体」と「見られるもの」「知られるもの」=「客体」に分かれます。デュアリティ(duality:二重性、双極性)がここから生まれます。
・ 神は自らの姿を見るために自らの姿に似せて人間を作ったと言われています。旧約聖書の創世記1章26-27節に「さあ、人を造ろう。我々のかたちとして、我々に似せて」と神が仰せられ、神の「像(かたち)」と「似姿」に従って人(男と女)が創造されたと記されています。
・ これは、神が人を作ったのは、自分を客体化することによって、自分を見ることができるようにしたということだと思います。しかし、私は実際はこれは逆で、人間がその理想像を眼に見える形に現そうとして、神という存在を自らの形に似せて作りだしたのではないでしょうか。
・ ですから、神は私たちの理想像であり、遠い未来において自分がそこに向かって進むべき目標なのだと思います。しかし、それは自分の外側に求めていくものではなく、斎宮が自分の内側を見つめたように、自分の内に求めるべき存在だと思います。
VIIII.「隠者」
・ ここではVIIII隠者のカードを取り上げます。このカードのキー・ワードは探求です。カードに描かれているのは隠者です。隠者は、人里離れた山中に籠って修業し、探求しています。足元に黄色の筋の入ったものがブルーのマントの下から覗いていますが、これは書物を表します。彼は万巻の書物を読みこなし、深い智慧を身につけています。
VIIII「隠者」

・ 左手に赤い杖を持っていますが、蛇のようにもみえます。赤はエネルギーを表します。ヨーガや瞑想において、クンダリーニと呼ばれる修行があります。これは尾骶骨のあたりに蛇のようにとぐろを巻いているとされる蛇のことで、この蛇を目覚めさせ背骨にそって上昇させるのです。
・ それによって体内に眠っている生命エネルギーを覚醒させ、スシュムナーと呼ばれる背骨の中央を走るエネルギー経路を上昇させていきます。それに伴って体内のチャクラが次々に開いていきます。チャクラとはサンスクリット語で「車輪」を意味し、人体に7つあるとされています。チャクラはエネルギーセンターです。チャクラが開くと車輪のように回転を始め、眠っていた生命エネルギーが活性化されるとともに、魂の覚醒が起こると考えられています。
・ 隠者は手にランタンを掲げています。これは後からやってくる後輩たちに、正しい道を明かりで照らして知らせてあげているのです。神話の構造の話の中で、英雄の冒険物語において英雄に進むべき道を指し示し、時には試練を与えつつ、英雄の成長を助けるメンターの存在がありました。隠者はまさにこのメンターにあたる人物です。
・ 自分のこれまでの人生をふり返ってみると、確かに自分にとってメンターに当たる人が何人かいたと思い当ります。それらの人に出会ったおかげで、自分が進むべき道を発見することができ、また、困難に遭遇した際にそこからどうやって脱出するかのヒントをそれらの人から得ることができたと感じています。私にとってはまさに恩人です。そういう人に要所要所で出会うことができ、様々な危機を乗り越えてこれたんだとつくづく思います。
コルヌコピア
・ 隠者の背中にボンボン帽子が描かれていますが、これはコルヌコピアです。コルヌコピアとは、ギリシャ神話で最高神ゼウスが妖精たちに送った山羊の角が始まりとされています。コルヌコピアは豊穣を表します。山羊の角から果物や花が溢れ出る様子は、豊作と大地の恵み、尽きることのない豊かさを象徴します。隠者からは必要とされる知恵が尽きることなく溢れ出てくることが表わされています。
コルヌコピア

VIIII 「隠者」のカード 危機と覚醒
・ 隠者のカードのキーワードは「探求」でしたが、他に「危機」と「覚醒」という言葉もこのカードのキーワードです。危機というのは単に「危ない」ということではなく、それは「チャンス」にもつながる可能性があります。
・ 単に危ないというのは「危険」です。英語ですとdangerとかperilです。これに対して危機はcrisisです。英語の辞書を引くとcrisisには「危険」とか「難局」という意味の他に「転機」「岐路」といった意味もあります。
・ crisisの語源はギリシャ語のKrineinで、これには決定や選別という意味があるそうです。岐路において選択を迫られているのです。そこで何を選択するかによってその後の事態が決定的に違って来るということです。
・ 漢和辞典を見てみると「危」という字には「あぶない」という意味の外に、「危急存亡の時」というように、非常に重要という意味もあります。英語だとcrisisの形容詞形はcriticalであり、危機というのは、critical point、つまり事態が良い方に向かうか悪い方に向かうかの岐路、ターニング・ポイントに立っているということです。
・ 自分のこれまでの人生をふり返って見ると、いくつかの「転機」があったことに気づきます。大きなプレッシャーを抱えて心身ともに衰弱して打ちひしがれた状態からなんとか立ち直り、新しい道に踏み出せたような体験がいくつかあります。
・ そうした時に、プレッシャーに屈服して外の事象に振り回されるのではなく、静かに自分の内面をみつめることができると、何か本質的ものに対する気づきが生じます。そうやって事態は徐々に打開の方向に進んで行きます。そして危機を乗り越えた時には自分の魂がそれまでより幾分か成長できたような感じがありました。ふり返って考えると危機というのは同時に自己変容のチャンスでもあったということです。
・ このプロセスが「覚醒」ですが、それはある意味生命力の復活ということがいえます。生命力とは自分の中から変化を起こす力で、新たな自分の「創造」につながると思います。それと共に、昨日も述べましたが、こうした転機においてはよく自分に大きな影響を与えたくれた人物との出会いもあったと思います。それはまさに暗い夜道で、ランタンを掲げて私たちに道を教えてくれる隠者のような人でした。
X.「運命の輪」
・ VIIIIの隠者のカードに続くのはX 運命の輪(下左図)です。このカードには中央に車輪のような輪が描かれていますが、これが運命の輪です。左側にハンドルがついていますが、運命の女神がこのハンドルを回しています。
・ フォルチュナというのが女神の名前で、英語fortuneのもとになった言葉です(下右図)。fortune には運という意味の他に富という意味もあります。アメリカに”Fortune”という雑誌がありますが、あれはお金持ちのための雑誌なのでしょう。
X 「運命の輪」

ゼーバルト・ベーハム
「フォルチュナ」

・ X.運命の輪のカードの第1キーワードは「転回」第2キーワードは「時間」と「好機」です。運命は悪い方に変化する場合もありますが、幸運ももたらします。
・ 運命の輪には二匹の動物がしがみついています。右側の動物は犬です。黄色は知恵を表します。よく見るとこの犬は耳を3つ持っています。耳が1つ余分にあることから、他人が聞けないような情報も聞くことができます。それらを使って上昇運に乗っています。左側の動物は猿です。肌色をしていますが、肌色は欲望を表わしています。猿は欲にまみれて運を落としています。
・ このように運が上昇する者もいれば運が下降する者もいるというのがこの世です。運が上っていっても頂上に来れば今度は下降を始めます。しかし、下降していってもある地点を過ぎれば運は再び上昇を始めます。
・ 運命はこのように上がったり下がったりの連続です。まさに「禍福は糾(あざな)える縄(なわ)の如し」です。幸福と不幸とは縄を綯(なう)ように、上に来た部分が次には下に行き、下だったところが次には上に行くというように常に変化の連続です。
・ 同じことが中国の故事にもあります。「人間万事塞翁が馬」という言葉がありますが、これは古代中国の思想書『淮南子(えなんじ)』に記されている故事に由来する言葉です。北方の砦に住む老人=塞翁(さいおう)の馬が逃げてしまい、老人は不幸を嘆きますがしばらくすると逃げた馬が別の馬を連れて戻って来ます。老人は幸運を喜びますが、老人の息子がその馬に乗って足を骨折していまいます。老人が不幸を嘆いていると、やがて国境で戦争が起き、若者はみな戦争に駆り出されますが、老人の息子は足を骨折していたため戦場に行かずに済みます。
・ 良いことが起こったと思うとそれが次の悪いことにつながり、それがまた次の良いことにつながるというお話です。幸福と不幸は表裏一体で交互にやって来るということです。
・ そうした運命の転変に振り回されている状態に対して、Xのカードの真ん中にいる動物(空色=霊的な猿)は運命の輪から抜け出して一段高いところに座っています。彼はVIIIIの隠者のように自分の内面を探求してそこに答えを求めた結果、事態を俯瞰することができ、物事の本質を把握して、運命の変転から抜け出ることができたのです。
・ タロットのリーディングを通して自分を取り巻く事態を俯瞰して眺め、問題の本質を悟ことで、事態の根本的な解決に自分を導いていくことができるのではないかと考えています。タロット・カードを使った瞑想法でパスワーキングというのがあります。イメージの世界を広げていって、カードの世界の中に入り込んでいく方法です。それによって自身の内面世界に降りて行き、日常生活においては見えない、事物の本質に迫ることができると思います。
XI「力」
・ X「運命の輪」のカードに続くのはXI「力」のカードです。このカードのキーワードは「奇蹟」です。このカードには若い女性とライオンが描かれています。彼女はライオンの口に手をいれて、やすやすと口を開いています。ライオンも素直にそれに従っているようにみえます。
XI 「力」

・ 普通はこんなことは起こりませんから、もしこんなことが起こればそれは奇蹟です。どうして彼女は奇蹟を起こせたのでしょう。怪力の持ち主というのではなく、彼女には知恵と勇気があるので奇蹟を起こせたのです。
・ このカードに描かれているライオンはその人が抱えている「課題」や「問題」を表します。「問題」は力づくで解決しようとしても上手くはいきません。ライオンの口を力づくでこじ開けようとしても、抵抗され逆に攻撃されてしまうでしょう。
・ これまでVIIII「隠者」、X「運命の輪」のカードで、危機に直面して覚醒し、自分の内面を見つめることで問題の本質を洞察し、自分の中に解決の糸口を見つけ出す、というところまで来ました。あとは「知恵」と「勇気」によって困難な問題も奇蹟のように解決できるでしょう。
・ このカードのライオンの眼をみると、特徴的な目をしていますが、これは「ホルスの目」(右図)と呼ばれるものです。これは古代エジプトの神である天空神ホルスの目のことです。ホルスの目のうち左眼をウジャトの目といい、月を象徴するとともに、「癒し」「再生」「保護」「知恵」の象徴とされます。
ホルスの目

XII.「宙吊り」
・ 今回はXII.「宙吊り」のカードです。このカードでは若い男性が片足を縄で縛られ、木の枠の中に宙吊りにされています。拷問を受けたり、何かの罰を与えられているのでしょうか?男性の顔をみると、むしろリラックスしたような表情をしています。手は後ろ手に組んでいるので、何かを後ろに隠し持っているのかもしれません。
XII 「宙刷り」

・ 大沼忠弘先生によればここに吊るされている若い男は「その体は宇宙大の大きさを持っており、インドのヴィシュヌ神と同じように、宇宙に浮かんで心静かに瞑想にふけっている原初の人間(アダム・カドモーン)」なのだそうです。(『タロットの光』大沼忠弘著 ISIS)
・ アダム・カドモーンについてネットで調べると「ユダヤ教のカバラ思想における『原初の人間』や『宇宙の根源的構造』を意味する言葉です。具体的には、創造以前の神の中に存在した純粋な可能性としての光(神の光)であり、それが天地創造の過程で10のセフィロト(生命の樹)として顕現した根源的な人間形態とされます。」と書かれていました。
・ ユダヤ教のカバラ思想における「生命(いのち)の木」とタロット・カードについては項を改めてお話したいと思います。
・ 彼は深い瞑想状態にあり、課題について瞑想しているのです。逆さになっているのは、通常とは違う視点でモノゴトを見ているからです。いわば「逆転の発想」をしているのです。彼の周りは木の枠で囲われており、一見、出口はないように見えますが、下の方は開いています。
・ 三方を塞がれ、答えを求めても行き詰ってしまっているように見えても、視点を変えてモノゴトを眺め、逆転の発想をすれば「出口は下の方にある」ということが示されています。「出口が下にある」というのは、つまり、答えは外に求めるのではなく、自分の内面に降りて行けばそこで見つかる、ということだと思います。答えは自分の内側にあるのです。
・ 松村潔さんは、このカードに関連してジョン・C・リリーの考案したアイソレーション・タンクについて書いています。アイソレーション・タンクというのは、「大きな器があり、この中に硫酸マグネシウムの溶液をいれる。人はそこに横たわると、液体の比重が高いので、浮くことになる。そしてこのタンクの周囲は密閉され、音が入らず、光もなく、身体が浮くので、無重力のような体験になり、つまり外界の刺激をすべてシャットアウトして、一時間とか二時間じっとしているのだ。」(『タロットの神秘と解釈』松村潔著 説話社)と述べています。松村さんは、アイソレーションタンクに入っていると、通常とは意識状態が変わり、まさに「12吊られた男」=XII.「宙吊り」の体験そのものになる、と言っています。
・ 私たちは、日々の日常生活で様々な課題や困難に直面し、右往左往しています。しかしながら、時にはそうした日常を逃れてリトリートすることも必要ではないでしょうか。日常の喧騒から離れて引きこもり、静かに自分の内面を見つめ、通常とは違う意識で問題を俯瞰できれば、答えは自分の中に見つけることができるでしょう。
アイソレーションタンク

XIII のカード
・ 影について河合先生は「人間は『目の動物(アウゲン・テール)』と呼ばれてたりするように、視覚に頼ることが大であるので、このような目に見えない影を相手とするとき、その姿を見るようにすることが重要である。姿を見ることができると、われわれはそれに対処する方法が考えだせる。」(『影の現象学』)と書かれています。
・ そして「目に見える形象として把握するために、夢を用いる」としていますが、私は夢は見ても中々憶えていることが少ないので、今のところはあまり利用できません。タロット・カードの中に何枚かこの影に関連した(と思われるような)カードがあるので、それらのカードを見ることで影の具体的なイメージを持つことができます。
・ タロット・カードの中で影を連想させるカードの一つにXIIIのカード(右図)があります。このカードには名前がついていません。タロット・カードの中の主なカード(大アルカナと言って22枚あります)の中で名前がついていないのはこのカードだけです。
・ あとのカードは上の欄外にローマ数字が書いてあり、下の欄外にそのカードの名称が書かれていますが、このカードだけはXIIIというローマ数字があるだけで名前が書かれていません。本当は名前があるのだそうですが、名前を声に出して呼ぶことが恐れ多い存在なので名前はあえて書かれていない、とのことです。
XIII

死神

・ 西洋人がこのカードを見て真っ先に思い浮かべるのは「死神」です。中世のヨーロッパでは時々ペスト等の伝染病が大流行し、何百万もの人が亡くなりました。人々はその原因を骸骨の形をして黒マントをまとった死神が町にやって来て、手に持っている大鎌で人々をなぎ倒して行くことをイメージしました。
・ XIIIのカードに描かれている人物は大鎌を持っていますし、一見すると骸骨のように見えることからこうした連想が働きますが彼は実は骸骨ではありません。骸骨だったら鼻が陥没しているはずですが、彼には鼻がちゃんとついています。また、やせ細ってはいるものの一応肉はついています。なので骸骨=死神ではありません。
・ このカードのキーワードは「死と再生」です。ただし、死といっても実際の死ということではなくて、何か劇的な大きな変化が起こるということを意味します。身が細るような強烈なできごとが起こって自分が一変し、その苦悩の過程を経て再生が始まるということを意味します。生まれ変わって新しい自分になる過程に苦悩が必要だということです。苦悩を経ないと変容が起こらないのです。
・ 彼の骨ばかりになった左足は黒い土の地面にめり込んでいます。私が習ったところではタロット・カードで黒い土が出て来るとそれは心の中の深い部分、つまり無意識を表していると教わりました。
・ そこには手足や首、骨のようなものが埋まっています。これは無意識の深いところに、その人にとって現在は影となっているような過去の出来事がトラウマとなって埋まっている、ということを表しています。それらはまだ結着がつかない形で無意識の中に隠されています。それらを黒い土の中から見つけ出し、大鎌を振るって何らかの結着をつけなければなりません。それは楽な作業ではなく、痛みを伴います。なので、大鎌の刃先には血がついています。
・ 私自身、たくさんのトラウマがこころの深層にたくさん横たわっている気がしています。それらが現在の私に意図せざる思いや行動を起こさせ、私の人生を歪めているのだと思います。これからそれらを丹念に拾い出していき、何らかの結着を付けてやる作業をやっていこうと思います。なんとなく見当のついているものもありますが、まだまったく未知のものもあるでしょう。しかしながら、タロット・カードというツールを使えば、それを視覚化することが可能だと思います。
XIIII.「節制」のカード
・ 今回はXIIII.「節制」のカードを取り上げます。このカードでは女性が両手に壺を持っていて、片方の壺からもう片方の壺へ液体を移動させています。
XIIII 「節制」

・ 中世のヨーロッパでは、女中さんが熱いお湯を冷ますのに、壺から壺へとお湯を移動させて温度を下げていたそうです。壺から壺へ熱いお湯を移動させるには、細心の注意を払ってやらなければなりません。注意を怠るとお湯をこぼしたり、火傷したりしてしまいます。一滴も無駄にしないように心がけなければなりません。
・ 一滴も無駄にしない=節制ということで、これは経済にも通じます。英語だとtemperanceです。この言葉にはtempo=テンポ という言葉が含まれています。お湯を移動させるには、テンポよくリズムを取ることも大事です。
・ 人体においては心臓が血液のポンプの役割を果たしていますが、安定したリズムで血液がスムースに流れないと健康は維持できません。社会においては、お金が血液のような役割を果たします。お金が社会を上手く循環しないと、経済は停滞してしまいます。そうならないように、中央銀行は常にお金の流れを見張っていて、経済やマーケットが上手く機能するようかじ取りをしています。
・ インド料理店に行ってチャイを注文すると、店員さんがテーブルの上の器に熱いチャイを高いところから注いで、ほどよい温度に冷ましてくれるお店があります。紅茶に空気の泡が混じってほどよい温度になるとともに、紅茶がおいしくなります。
・ 右のものと左のものを混ぜて中和させたり調和させること、あるいは上のものと下のものを仲介することなど、極端なものは反対のものと混ぜ合わせて中庸を得ることが大切です。
・ 水は感情を表します。感情を交流させ、対立ではなく、調和を図ることが大事です。お互いの我を通そうとすると、対立が生じます。国と国との間でも、一方的に自分の主張だけを通そうとすると最終的には戦争という手段に訴えることになります。
・ ロシアのプーチン大統領は、自分たちの主張を一方的にウクライナに押し付けようとして戦争を始めました。その結果はどうなったかというと、依然として戦争の行方は分かりませんが、今のところ、ウクライナだけでなくロシアの社会や経済も疲弊が進んでいるように見えます。対立=戦争は両方の国を疲弊させだけのようにみえます。
・ 政治は妥協の産物と言われていますが、自分の主張を押し通すだけでは争いになってしまうだけです。そうやって争っていれば、社会や経済は停滞し、国力は低下していくでしょう。議論によって意志の疎通をはかり、妥協点を見出すことが必要です。
カドケウスの杖

・ マルセイユ・タロットの別の版ではXIIII.「節制」のカードで女性の足元に2匹の蛇がからまっているように描かれているものもあります。「2匹の蛇が絡まり合う」ということからは「カドケウスの杖」が連想されます。
・ カドケウスの杖というのは、ネットで調べると「カードゥケウスの杖(ケーリュケイオン)は、ギリシャ神話のヘルメス神が持つ『伝令使の杖』で、杖に2匹の蛇が絡み、先端には翼がついているのが特徴」と書かれています。そして「この杖は平和、医術、商業、発明、雄弁、旅、錬金術などを象徴」するとされています。それでこれが医療機関のシンボルとして用いられたりしています。
・ ということでこのカードには「癒し」という意味もあります。このカードに描かれている女性は背中に羽根が生えているので、天使であることが示されています。彼女は「癒しの天使」であり、天上から地上を眺めていて、困っている人がいると舞い降りて助けてあげるのです。彼女は「菩薩行」を行っています。
XV.「悪魔」 ルツィフェルとアーリマン
・ このカードに描かれている中央の大きな人物が悪魔です。身体が大部分空色なので霊化されていることを示しています。なので霊的な存在です。でも、ところどころ肌色の部分もあります。肌色は欲望を表します。
XV 「悪魔」

・ 彼は人びとの現世的欲望を刺激する言葉を語ります。口八丁、手八丁で人々の欲望を刺激し、誘惑しています。舌を出していますが、これは悪魔が人間を惑わす存在であり、人間の弱さや心の隙につけこもうとしていることを示します。
・ 目はより目になっているので、精神的にかなり集中していることが分かります。手に松明を持っていますが、そこにあるのは偽りの火です。夏の夜、火に蛾が集まってくるように、悪魔の誘に乗った人々が周りに集まって来ます。
・ 人びとはウットリとした目で悪魔を見上げています。悪魔の仕掛けた罠にはまり、縄で縛られているのに、それには気づかない、あるいは気づいても喜んで縄に縛られています。悪魔が頭に鹿の角を差しているので、彼らもマネして鹿の角を差しています。
・ 悪魔が上に乗っている台は錬金術の炉です。一攫千金を狙う人々に、錬金術の魔法で石を金に変えるような話をして人びとを魅了します。
・ 悪魔は男性器を持っているとともに、胸には乳房があります。彼は両性具有なのです。従って彼は男性的な能動性を持つと同時に女性的な受動性も合わせ持っています。臨機応変に両方を使い分けて人びとに働きかけます。
・ 下の方に描かれている悪魔に魅了された2人の人物の足は黒い土の中にあります。黒い土は潜在意識を表しています。なので、この2人は悪魔と表面的にではなく、深い意識でつながれています。
・ 彼らは悪魔に翻弄されていますが、無理強いされているという意識はなく、自発的にやっていると思いこんでいます。悪魔のささやきに身をまかせることは快感なのです。
・ ルドルフ・シュタイナーは、悪魔にはルツィフェルとアーリマンという2つの存在があると述べています。
・ このうち、古代ペルシャの神話にも登場する堕天使ルツィフェルは、人間を精神世界に過剰に引き入れようとします。これによって人間は現実離れした過剰な理想主義に陥ったり、他人を見下すようないわゆるヒュブリス(hubris「傲慢、過剰な自信、尊大さ、無礼」などを意味する)になったりします。
・ 一方アーリマンは人間を物質世界のみに繋ぎとめようとします。その結果、人は唯物論者になったり科学万能主義に陥ったりします。アーリマンの影響で人間は無味乾燥な合理主義や唯物論的な思考にもとづく物質中心主義に陥ります。
人類の代表

その彫刻では上からルツィフェルに引っぱられ、下からはアーリマンに引っぱられて両者の間に立っている人間が描かれています。人類はルツィフェルとアーリマンの間にあって、微妙なバランスを取る必要があるのです。
結局のところ、悪というのはある一方向に偏ることなのではないでしょうか。つまり、精神主義と物質主義のどちらか一方だけに偏ることが悪なのです。それに対し、正義はその間に立ってバランスを取ることではないでしょうか。昨日の節制のカードに出てきた「中庸」ということが大事なのだと思います。
XVIII 「月」 普遍的無意識
・ ユングは人間の心の中を意識と無意識の層とに分けるだけでなく、後者をさらに個人的な無意識と普遍的な無意識とに分けて考えました。普遍的無意識(集合的無意識)とは人類が共通に持っている心の深層で、個人の経験や意識を超えた、誰もが生まれながらにして持っている無意識の層だと考えられます。
・ その内容は「神話的なモチーフや形象で成り立っている」と考えられています。これは「元型」と呼ばれ、人類が普遍的に持っているイメージの原型や感情のパターンで、これが夢や神話の源泉になっているようです。元型は、夢、神話、芸術、宗教などさまざまな形で表現されます。世界中の神話の中に共通して現れる同じような話が多くあるのはここから来ていると考えられます。
・ 私たちが夜見る夢の中にこの集合的無意識から生まれる象徴的なイメージが現れてくることがあります。

・ 上図はXVIII月のカードです。水滴のようなものが月に向かって昇って行っていますが、この水滴のようなものは人びとが夜見る夢だと言われています。だとすると、月は人びとが夜見る夢に含まれる元型が蔵のようにそこに蓄えられている場所だということになります。
・ 仏教の中に阿頼耶識(あらやしき)という教えがありますがここに蔵ということが出てきます。ネットで阿頼耶識について調べると「阿頼耶識とは、仏教の唯識思想における概念で、人間の存在の根底に流れる、あらゆる経験を蓄積する「蔵」のような根本的な識のことです。眼や耳、意識などの表面的な働きだけでなく、その背後にある無意識のさらに深い層に位置し、過去の行為(業、カルマ)を貯蔵し、それが未来の経験や存在に影響を与える」とされています。
・ 影(シャドー)も元型の一つだと考えられます。私たちが直面する心の問題に影が関係していることがあり、そこを理解しないと、ものごとの本質的な解決にはつながらない場合が多いとみています。夢は私たちの普遍的な無意識にアクセスするのに有効な手段ですが、いつも夢を覚えているとは限りません。そういう時にタロットが役にたちます。心を鎮めてタロット・カードの絵柄から何が浮かんでくるかに思いを巡らせていると、時としてそれに到達できる場合があります。
XVIII. 「月」
・ 下のカードの示している情景は月の出ている夜です。月が煌々と照っています。その下で二匹の犬が吠えあっています。肌色の犬が普通の意識を表し、空色の犬が潜在意識を表していると考えています。意識と無意識がせめぎ合って私たちの魂の全体がある訳ですが、二つの意識は対立しています。
XVIII 「月」

・ 太陽は私たちの意志を表します。主体的、積極的に~しようという思いです。これに対して月は潜在意識、無意識を表します。太陽が主体的なのに対して、こちらは太陽の光を受けて反射しているだけなので、受身です。
・ このカードはまた母親に関係しています。私たちは幼い時、まだ自分の主体的な意識が発達していなくて全てに受身だった時、一番最初に接するのは母親です。なので、私たちは潜在意識に母親の影響を強く受けています。
・ 月が表すのは私たちの気分や感情、精神的な反応です。外からの刺激を受けて、私たちがどういう反応をするか、というのが気分や感情です。そこにはある傾向、型があります。感情的にいつもピリピリしている人もいれば、いつも割と穏やかな人もいます。こうした気分や感情の型は、まだ幼い時、母親に抱かれておっぱいを吸っている時に、母親を通して身につけたものです。
・ 気分や感情は無意識的に身についているものなので、自分ではコントロールできません。人に対して、通常は条件反射的に共感を持ったり、反感を持ったりしていて、自分ではコントロールできません。そこには私たちの潜在意識が関係しています。ですから、その人の感情的な型をみればそこにその人の潜在意識の反映をみることができます。ここに注意すれば自分の潜在意識についておぼろげながらでもイメージをつかめるのではないでしょうか。
・ 私たちの潜在意識は夜見る夢にも現れます。ユングやフロイトの研究によって、夢の中にでてくる様々な人物や動物、あるいはできごとは私たちの潜在意識の中にあるものの象徴であることがわかりました。なので、夢判断を行うことで、私たちの潜在意識の中味を或る程度知ることができます。
・ 月のカードではたくさんの水滴のようなものが月にむかって昇っていっています。これらは、私たちが夜見ている夢を表しています。人々が夜みる夢が月に集まってたまっていきます。月はいわば私たちの共通の潜在意識の倉庫なのです。
・ 私たちは通常は自分の潜在意識がどうなっているか、知ることはできません。それは無意識の世界です。月は地球の周りを公転するとともに、自らも自転しています。この公転周期は約27日ですが、自転周期も約27日です。公転周期と自転周期が同じなので、月は常に同じ面を私たちに向けていて、私たちは月の裏側をみることはできません。月の表側が私たちの意識だとすると、裏側は無意識だといえるでしょう。
・ 感情は水で表されます。それは水のように流れて行きます。私たちの気持ちが他の人の中に流れ込んで行ったり、他の人の気持ちが私たちの心の中に流れ込んできたりします。また、感情同士が水のように混じり合ったりします。そういう時は人と気持ちが溶け合い、一つになったように感じます。
・ 月のカードの下の方に水のたまったプールのようなものが描かれていますが、これは私たちのこころを表します。プールの表面にはザリガニのような何か得体の知れない生き物が浮かび上がっています。この動物は普段は池の底の岩の下に隠れていますが、静かな夜になると水の表面に浮かび上がって来ます。
・ ただし、それにはこころが静まっていることが条件です。“明鏡止水”という言葉がありますが、こころが静まって、水面が鏡のように静かだと、こころの底の深いところから、普段は見えない気持ちが浮かびあがってきます。
・ こころが波立っていると、ザリガニは池の底の岩陰から出て来ないでしょう。私たちの潜在意識の中に潜んでいるトラウマもこころが静まって落ち着いているとポッカリと表面に浮かび上がって来ることがあります。私たちのこころの奥に潜む影をみつけるには、夜、こころを平静にして静かに見つめていると見えて来るのではないでしょうか。
・ XVIII月のカードの後に来るのは、XVIIII太陽のカードです。このカードは月のカードと打って変わって明るい昼の世界を表しています。月のカードの中に、二つの塔のようなものが立っていますが、これは二つの世界を隔てる境界に立っている門を表しています。自分の心を静かに見つめ、影に出会って、それにどう付き合っていけばいいかが分かれば、門を抜けて明るい太陽の世界に入っていくことができるでしょう
XVIIII 「太陽」

XX 「審判」 アリアドネの糸
・ 下図はXVIIII審判のカードです。このカードのキーワードは「良い知らせ」です。カードの上の方にいるのは天使で、ラッパを吹いて地上の人間に何かを知らせようとしています。

XX 「審判」
・ 下の人間のうち、真ん中の人は箱の中に立っていて全身が空色をしています。空色というのは霊的な色なので、この人は全身が霊化されていることを表しています。
・ この人の入っている箱のようなものは墓石です。彼は天使の「良い知らせ」を聞いて生まれ変わり、今、墓石の中から再生しているのです。
・ 天使からの「良い知らせ」とは何でしょうか?それはその人の「使命」です。このカードの別のキー・ワードは「使命露呈」です。墓石のように見えるものは、実は迷宮(ラビリンス)です。彼は自分の使命を知ることで迷いから抜け出し生まれ変わることができたのです。両側の男女は彼の両親でしょうか、彼の再生を祝福して喜んでいるのです。
・ このカードを西洋人がみると「最後の審判」(下左図)を思い浮かべると思います。最後の審判といえば、バチカンのシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロの天井画が有名です。
ミケランジェロ「最後の審判」

ジョン・ラファエル・スミス
「アリアドネの糸」

・ この絵には最後の審判の時の様子が描かれています。最後の審判の日、再臨した中央のキリストによって、すべての死者に裁きが下され、向かって左側の人びとは天国へ昇天していき、右側の人びとは地獄へ堕ちていく様子が描写されています。
・ 上右の絵には、ギリシア神話の「アリアドネの糸」の話が描かれています。左側の女性がアリアドネで、手に毛糸の玉を持っています。右側の男性は英雄テセウスで、クレタ島の洞 窟に潜む怪獣(ミノタウロス)を退治するのにこれから出かけるところです。
・ アリアドネはクレタ王の娘でテセウスに好意を抱いています。なので、洞窟の入り口で彼に毛糸の玉を渡し、その端を入口に結びつけておいて、彼が怪獣退治をした後、毛糸を辿って無事に入口まで戻ってこれるようにしたのです。





