ロゴスとは?
ヨハネ福音書、冒頭の言葉
・ 2017年3月4日(土)に出席した高橋先生の講義で、質問してみました。講義の最後に先生が講義の最初の方で、ちらっとおっしゃっていた「物質は言葉である」というのが、どういう意味なのかをお聞きしてみました。さらに「言葉はロゴスである」ということもおっしゃいました。これらは一体、何を意味するのでしょうか。
・ 先生のお答えは「物質には形式と素材があり、言葉はその形式なのだ。」ということでした。例えば、“我”という言葉がありますが、これは“有れ”ということで、“あ”の命令形であり“存在せよ”ということを表す。この言葉が素材である私の肉体と結びついて、私という存在がある。だから、私という存在は、有れという言葉(形式)が肉体(素材)と結びついた存在なのだということです。そしてこれは同時に神のロゴスでもあります。
・ 『世界の名著・アリストテレス』「解説」に“ロゴス”や“形式と素材”ということについて次のような説明がありました。「ロゴスはずばり事柄そのものを言っているのだが,しかしこれが実際にあるためには,ロゴスに言われていることは一定の素材のうちに置かれなければならないからである。
・ それはちょうど家屋のロゴスが,風雨炎暑による消耗を防ぐための庇護物 というようなもの(形式)だとすれば,これに対して他方では,それは石材と瓦と木材(素材)であるということが言われるだろう。しかしまた別に、これらの素材のうちに、この形相が、これこれのために(おかれること)、という言い方がされるかもしれない。
・ ロゴスについてWeblioには「ロゴス [1] 【ギリシャ logos】①言葉。意味。論理。②言葉を通して表された理性。言語・思想・理論など。③宇宙万物の変化流転する間に存在する調和・秩序の根本原理としての理法。④キリスト教で,神の言葉。また,それが形をとって現れた三位一体の第二位格であるキリスト。ロゴス-キリスト。」と書かれています。
・ ロゴスは神のコトバであり、物事を存在させているそのモノの本質なのです。そのモノの本質が素材と結びついて、この世の物事が“存在”するのだと思います。ロゴスとして神が「光あれ!」と言うと、この世に光が現れるというのはそういうことなのだと思います。

・ このことで、ヨハネ福音書の最初の言葉「はじめに言葉あり、言葉は神とともにあり」ということの意味が分かりました。人間の本質が霊だとすると、霊(=ロゴス=神のコトバ)が肉体という素材に受肉することによって、人間が存在していると言えるのではないでしょうか。唯物主義というのは、人間というものを素材である肉体としてのみとらえ、形式である霊の部分を無視した考え方なのだと思います。

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