占星術の起源
2024年2月24日-占星術の起源
時代区分
・ 今日はクッキーと紅茶を飲みながらぼんやり春分点のことを考えていました。実際に春分点が水瓶座に移り、水瓶座の時代が始まるのがいつからなのか、ということです。私が考えて分ることではないとは思いましたが、私なりに考えてみました。結論としては、分からない、あるいは決められない、ということです。水瓶座への移行が2,813年というのは遠すぎる気がしますし、宝瓶宮占星術の方の唱える1989年というのは根拠が不明です、ということできっとまあその中間のどこかなんでしょうが、それははっきりとは決められない、というのが私の結論です。
エーテル的な境界
・ どうしてそう考えたかというと、例えば二人の人物が向き合っていたとして、両者の境界はどこか、ということが質問として出されたとして、それに対してどんな答えがあるでしょうか。それに対して、それぞれの人物の肉体的な境界は皮膚なので、それぞれの人物の皮膚がもっとも近い部分の中間線あたりが境界というのが一つの答えになると思います。
しかしながら、シュタイナーに言わせれば人間は肉体からだけで成り立っているのでない訳です。肉体の外側をエーテル体が囲んで外に向かって拡がっています。そして二人のエーテル体はきっちり分れているのではなく、向き合っていると、拡がったお互いのエーテル体は真ん中で混じり合って融合している。混じり合い具合は二人の人物の関係によって変わってくるでしょうが、とにかく混じり合っているので、はっきり境界がどこ、ということは言えないと思います。
・ 二つの星座の関係もそれに似たところがあるのではないか、と考えました。星座というのはそれを構成する主な恒星を結んだ線を中心にその回りに動物や人物等の形を想像して形成されていると思いますが、恒星同士を結んだ線は、いわば人間で言えば骨格にあたるようなもので、その周りを筋肉や皮膚にあたるものが覆うことで人物や動物が形づくられています。でも実際にはそれだけではなくて、さらにその周りを人間で言えばエーテル体にあたるものが取り囲んでいて、隣接する星座のエーテル体はきっちり境界を接しているのではなく、両者のエーテル体が途中で混じり合い融合しているのではないか、と考えました。
・ だから、お互いの星座はその境界付近ではお互いに影響し合っていると思うのです。星座の性質というものが波動的なものだとすると、二つの波動はお互いに干渉し合い、影響し合って、中間では複合的な波動になっていると思います。
・ 実際、サビアンの説明を読んでいくと、あるサインの度数が25°を超えたあたりから、次のサインの影響が入り込んで来ていることが分かりますが、それはこういう理由によるのではないかと思います。他の人で、あまりこんなことを言っている人には今まで出会いませんでしたが、誰かきっと同じようなことを言っている人がいるかもしれません。
水瓶座は始まっている!
・ ということで先の「ユングと占星術」の図から言ったら、まだまだ魚座の時代のはずなのに、ベルリンの壁崩壊とかウクライナ戦争とか、明らかに水瓶座的な現象が世界的に起こる、あるいは、天文現象的にもグレート・ミューテーションとか冥王星の水瓶座へのイングレスとか、水瓶座の到来を告げるような事象が起こっているのは、水瓶座のエーテル体が魚座のエーテル体の中に既に入り込んで影響を及ぼしているから、ということではないかと考えました。ということで、ある意味、水瓶座の時代はすでに始まっている、ということだと思います。
・ 今年2024年はもうすでに(少なくとも部分的には)時代が水瓶座に入っているとすると、そこから2,160年(=プラトン月)を引いたBC136年あたりには部分的に魚座に入っていたことになり、そこからまた2,160年を引いたBC2,296年には部分的に牡羊座に入っていた、ということになります。
占星術の起源
・ つまり、今から4,320年前、おそらくそのころのどこかの年に古代のバビロニアで占星術が始まったのだと思います。というのは、占星術を始めた時点で、王様なり神官が時を区切るために何か空間的な印を宇宙に刻み込もうとし、そのために昼夜の長さが同じになる春分という特別の日に太陽が上って来る背後の東の空にある星座を座標として使って、牡羊座のどこかの場所(恐らくどれかの恒星の位置)を牡羊座の0°に決めたのだと思います。
・ そしてそこから長い期間、占星術のシステムを使って占いをやっているうちに、何十年かするとどうも春分点の位置が当初の牡羊座の0°の位置からだんだんずれていくことに気が付いたのだと思います。そして、そのことから春分点が星座を移動していくことに伴って時代の流れが変わっていくことに気が付いた、というようなことではないでしょうか。
サインの不思議
・ 不思議なのは、サインの性質です。例えば1年の内だと太陽が1月毎に12のサインを巡って行き、別の惑星だとそれぞれの公転周期の長さに合わせて違ったスピードで各サインを巡っていきます。その際、各惑星の性質はそれぞれ違いますが、サインから受ける影響は、同じサインからは同じような影響を受けると考えられます。例えば太陽が牡羊座にいる時と火星が牡羊座にいる時、それぞれの星の性質は違うので、それがどう発現するか異なりますが、牡羊座というサインから受ける影響は共通なのだと思います。
・ さて、今から約4千年位前に人類が占星術を始めた時、春分の日の太陽が登る場所を牡羊座と0°とし、その周辺にある恒星をつないである形をイメージして星座を作り、次のサインを牡牛座、双子座とそれぞれ恒星をつなげて作っていったとして、不思議なのはそれぞれのサインが象徴する星座の元型的イメージをどうやって思いついたのか、ということです。ある惑星が背後のサインから受ける影響はその星座が持つ元型的なイメージの影響にピッタリと合っている。なぜ、それが可能なのか?ということです。

・ 牡羊座の次に牡牛座が来て次に双子座が来る、それぞれのサインに太陽にある時に生まれた人は、それぞれのサインの性質に応じた影響を受ける。しかもそれが12のサインについて、そのサインが象徴する元型から浮かび上がって来る意味と一致する影響をそのサインにある惑星に及ぼしている、これは不思議なことではないでしょうか。
・ つまり牡羊座の位置にある星座をなぜ牡羊座にしたのか?目印の意味だけなら、別に他の星座でも構わない訳ですが、それが惑星に与える元型的イメージにピッタリ一致する星座や神話をどうやって選べたのか?まったく不思議です。しかし、この一致があるからこそ占星術は成立している、と言えるのではないでしょうか。
・ 乙女座生まれの人は、生まれた時の太陽が乙女座にあるので、その人の魂の太陽的な部分が乙女座的なありかたをしている、このことが12のサインのすべてで成り立つ、なぜそれが可能だったのでしょうか?例えば長い年月に渡ってたくさんの人のデータを集積し、そこから経験的に元型的なイメージを作り出し、そこから星座やそれにまつわり神話を創造した、というような説明が一応は可能かもしれません。
・ しかし果たして実際にはそんなことができるでしょうか?プラトン年にあたる25,920年という時間軸を何回も繰り返し、その間のデータを集積していけばひょっとしたら可能かもしれませんが、私にはそんなことは到底不可能に思えます。ということでそこにはやはり傑出した人物がいて、瞑想によって霊界とコンタクトする中から占星術を編み出した、というようなことではないかと考えます。




コメント