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思考について

・ シュタイナーの『自由の哲学』についての前回の投稿でシュタイナーが「経験や科学は多くの知識を与える。しかしそれらは『なぜそれが真なのか』を自分で支えられない。では、それらすべてを支える基礎となるような『人間本質についての見方』は可能なのか?」と問い、それについてシュタイナーは「思考がすべての認識の基礎となる唯一のものだ。」と語っていることを述べました。これを受けて今日は”思考”について考えてみたいと思います。


・ シュタイナーが『自由の哲学』において語っているのは結局「思考とは何か?」ということだと思います。それは壮大なテーマであり、短い文章では到底語れないようなテーマだと思いますが、現時点で私に可能な範囲で考えてみたいと思います。


認識とは何か?


・ 「思考が認識の基礎」ということですが、まずは“認識”とは何でしょうか?認識というのは私たちが世界の中からあるものごとをテーマとして取り出してきて、それについて「分かった!」という状態になることだと思います。


・ その“分かる”という言葉には“分”という字が用いられていますが、これはなぜでしょうか。”分かる”という言葉は“分ける”ということと“ある”(=在る、存在する)という言葉から成っているそうです。分けて取り出して来ることで何かが存在を始める=成立する、ということだと思います。


・ 景色をぼんやり眺めていて、その中にふと赤くて丸いものを発見するとします。ぼんやり眺めている時は心が受身の状態ですが、その赤くて丸いものに意識を集中し、その部分を切り取って自分の心のなかにそのイメージを作るとします。


・ 分けるというのは能動的な行為です。そして切り取ったもののイメージを自分の中に作り、その像と自分の中にある今までの自分の経験や知識とを照らし合わせて見て、それがリンゴであることを発見し、「あっ!リンゴだ」となる訳です。


形相と質料


・ ここで“リンゴ”という”言葉”が出てきます。言葉=概念ですが、この言葉=概念というものの中にそのものの本質が含まれているようです。ちょっと話が難しくなりますが、アリストテレスが形相と質料ということを言っています。形相というのは形や見え方ということになると思いますが、そのものの本質を示す設計図のようなものだそうです。


・ 家を建てる時には設計図が必要なように、形相とはそのものを成り立たせている本質で、それに従ってものごとは成り立っているということのようです。そして、そのものができている材料が質料です。家で言えば、家の材料になっている木材やレンガということです。家の材料(=質料)が設計図(=形相)に沿って組み立てられて家ができています。同様に、すべてのものは形相と質料からできているということのようです。


・ リンゴという言葉=概念には、まずリンゴというものの形相が言葉の内容としてあり、それにリンゴという言葉の質料が発音、文字としてあり両者が組み合わさってリンゴという概念ができている訳です。そしてこの概念を生じさせている働きが思考ということのようです。


・ 形相というのはものごとの本質です。なぜかというと、本質というのはそのものを成り立たせている根本理由だからです。そのものの存在理由と言ってもいいと思います。あるいは目的ということでしょうか。家で言えば、その家を何のために建てるのか?その家はどういう用途に使われるのか?といったことです。それがきちんと分かっていなければ、いい設計図は作れないでしょう。目的がはっきりしないままに設計図を作れば、いい加減な家ができてしまうでしょう。


・ 高橋巌先生が人智学の講義の時によく、机の上に置いてある水の入ったペットボトルを取り上げて、このペットボトルにも存在理由がある。ペットボトルには存在の意志が込められている。だからここに存在している、というようなことをおっしゃっていたのを思い出します。


認識には限界があるか?


・ アリストテレスの説く“形相”はものの本質ということですが、カントは、人間の認識能力には限界があって、ものの本質に到達することはできない、と言っています。


・ それに対してシュタイナーは認識に限界はなく、魂を成長させることによって、私たちはこの認識の限界を超えて、そのものの本質に迫ることができると言っています。ただし、魂の成長のためには修行が必要で、瞑想とかリュックシャウ(自分の一日を逆向きに辿る訓練)などによってそれが可能になるということが著書である『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』の中に書かれています。


思考とは”関係性”を構築すること


・ 認識~判断という流れがまさに思考ですが、シュタイナーは思考とは創造活動だと言っています。創造とは何かを作りだす、ということですが思考は何を作り出しているのでしょう?シュタイナーによればそれは関係性ということです。


・ 判断というのは例えば「AはBだ。」というようなことです。たとえば①「これはリンゴだ」、②「このリンゴは赤い」、あるいは③「このリンゴは大きい」というようなことです。


・ ①の場合、たくさんある事物の中からリンゴを取り出して、それが他とは違うリンゴというものだ、ということを認識して判断したものです。②の場合はそのものの見え方に注目して、他と比較してリンゴの色が「赤い」と判断したことを示します。③はそのリンゴを他のもの(例えばブドウとかいちごのような他の果物、あるいは別のリンゴ)と比較して、その大きさが大きいと言う判断を示しています。


・ これらの判断は何れもそのリンゴと他のものを比較することによって“その関係性”を表わしています。言ってみれば、そこに何らかの関係性を構築してそれを表現しているのであり、それが思考の働きです。


・ 「分ける」ことによって”全体“と部分”の関係が見えてきます。1時間という時間を細かく分ける。つまり1時間を60に分割したものが1分ですが、そうやって分けることで、分と時間との関係が見えてきます。1時間を全体とすると、それに対する1分という部分の時間の関係が見えるようになります。


・ 世界はそのままではどこまでも連続していて境界がありませんから関係は見えません。そこに思考が働くと、人間が間に線=境界線を入れる、つまりものを「分ける」ことで、関係が生まれます。


創造行為


・ 旧約聖書によれば神は7日間で世界を創造したとされています。シュタイナーによれば人間が思考するのは、神が行った天地創造と同じような創造行為なのだそうです。どうしてそんなことが言えるのでしょうか?


「天地創造 光 あれ!」
「天地創造 光 あれ!」

・ 神による世界の創造においては、初めは何もないただの混沌の状態だったと思います。そこに神は秩序をもたらした。まずは混沌の中から闇と光を分けました。あるいは空と大地を分けました。地球の表面を陸と海に分け、モノを鉱物や植物、動物に分けました。最後に動物の中から人間というものを分け、人間の中に男と女という区別を設けました。どんどん分けていって、あれ!(存在)という状態にしたのが天地創造ということです。


・ 以上のように考えると、人間が思考によって認識したり判断したりすることで、ものごとを”分ける+在る”状態にしているのは、神が天地を創造したのと同じ創造行為を行っているのと同じだ、ということが何となくわかります。


ユーレカ


・ 「ユーレカ!」というのは「分かった!」という意味のギリシャ語だそうです。アルキメデスが、金でできた王冠に混ぜ物があるのではないか?という問題をどうやって解いたらいいかを風呂の中で考えていて、アルキメデスの原理を発見し、それによって問題を解決できることが分かった時に喜びのあまり思わず叫んだ言葉だそうです。


「アルキメデスの原理」の発見
「アルキメデスの原理」の発見

・ 先に述べたように「分かる」という言葉は分解すると、「分ける」と「ある(在る=存在する)」ということが合成された言葉だということでした。理解という言葉にも解という字が入っています。解というのはバラバラにするということです。物事を一旦分解し、バラバラにしてみる。そこからある決まった法則や秩序(=理)に従って整理整頓した状態にする、これが理解ということではないでしょうか。


インデックス
インデックス

・ ごちゃごちゃといろんなものが乱雑に置かれている部屋の中を順番にそれぞれの物をそれにふさわしい箱に入れて行くことでそのものがあるべき場所にきちんとおさまった状態にすること、それがものごとが「分かった」ということなのではないでしょうか。


概念化


・ この「分かった!」ということについてもう少し考えてみたいと思います。シュタイナーは『自由の哲学』第IV章の冒頭にDurch das Denken entstehen Begriffe und Ideen(思考を通して概念と理念が生じる」と書いています。


・ 概念にするというのは「普遍化」することです。つまり、私が見たのは、ある1個の個別のリンゴですが、それがこの世に無数にあるリンゴの中の1個であると認識して言葉にする(=概念化する)のは、個別のリンゴの普遍化です。


・ 「概念化すること=思考の働き」には個別から普遍の方向への方向性が含まれています。そのものを成り立たせている理、秩序や法則=そのものの本質が見えないと、それを分類してそれが本来あるべきところに置くことはできないでしょう。概念化というのは、思考することよってそのものの本質を探り当て、普遍化することなのだと思います。


・ シュタイナーは思考を器官だと言っています。器官というのは、知覚器官のように、ある感覚を得るための装置として働いている、というようなことです。例えば、目は感覚器官として、身体を通してものを見るための装置として働いています。同様に、思考はものごとの本質が分るような装置として働いているので器官なのです。


・ 思考が概念を作る、理念を作る、というのは、思考が物事の本質を明らかにする器官として働いているということなのです。それはアリストテレスの形相に通じます。形相は物事の本質で、それが質料を使ってこの世に形として現れてくる。同様に、思考もものごとの本質が概念や理念と言う形で私の中に現れてくるための働きをしているのだと思います。


・ アルキメデスは風呂に入っていて、その個別の状況の中で起こっている出来事の中から思考することで”浮力”という普遍的概念、法則を取り出すことに成功し、問題を解決できることが分かったので、「ユーレカ!」(「分かった」)と叫んだのです。

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