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愚者

・ 「数のない愚者」に描かれているのは、杖をついて歩いている人物です。視線は前方の上の方を見ています。足元は見ていません。なので、ちょっと危うい感じがします。


「数のない愚者」
「数のない愚者」

・ ウェイト版のカードでは名前が「The Fool」となっています。Foolというのは愚者、バカ者という意味です。あるいは、ピエロ、道化を意味します。


ウェイト版「The Fool」
ウェイト版「The Fool」

・ ウェイト版のThe Foolのカードでは、登場人物は崖の淵に立っています。しかし、彼も足元は見ていません。なので、非常に危うい状況です。一歩足を踏み外せば崖の下に落ちてしまうでしょう。


・ マルセイユ・タロットの「愚者」は物事に頓着しない人物のようです。ズボンにはところどころ破れ目がありますが、彼は気に留めていないようです。彼の後ろには犬がいます。空色なので霊的存在です。霊的存在が彼を後ろから後押ししているのです。でも、彼はそれには気づいていません。


・ 足元の地面は水で濡れているようで、沼沢地帯のようです。マルセイユ・タロットにゆかりの地である、フランス南西部のラングドック地方も地中海沿岸の湿地帯で多くの湖沼が見られるそうです。


・ インターネットで「愚者」について検索したら、富山大学の藤田秀樹さんという方の「風変わりな歴史の語り部としての道化・トリックスター・聖なる愚者――ロバート・ゼメキスの『フォレスト・ガンプ 一期一会』を観る」という研究報告をみつけました。


・ 藤田さんは映画フォレスト・ガンプの主人公は「道化、トリックスター、聖なる愚者」であり、また「歴史の語り部」として「歴史の様々な舞台に紛れ込んで、意図せずに『悪戯』を働く」と述べています。


・ 藤田さんは「愚者」(fool)や「道化」は「『愚か』で『非常識』な振舞をし、それらの滑稽さや珍妙さで人々を楽しませる存在なのだ。一方でその振舞は、社会や文化の支配的な礼節、規範、権力などに対する諷刺、揶揄、からかい、茶化しとしても作用し、「賢」や「常識」や「権威」を挑発し、またそれらの意味と価値を問い直すものにもなる。」としています。


・ フォレストについて藤田さんはまた「神話や民話に登場する悪戯者であるトリックスターを思わせる。トリックスターは、『力のなさを知恵でカバーし』、自分より強いものをやっつけるいたずら者」であるとしています。


・ さらに彼の聖性についても言及し「そもそも財や名誉、私利私欲に全く頓着しない無欲快淡、無私、無垢、そして.....といった『奇跡』は、彼に聖人のような気配を、言わば聖性を纏(まと)わせるものだ。.....彼は『愚』の立場から素朴でナイーブな語り口で権力や権威を、つまり力や賢さを持つとされる者たちの『愚かさ』を暴き出す。」と述べています。


・ 河合隼雄先生は『影の現象学』の第四章で「影の逆説」と題して、1.道化、2.トリックスター、3.ストレンジャー について述べています。そこではまず「道化の機能を考えるには、それを王と対比させてみることが非常に効果的である。道化はいわば影の王としての意味を強く持っている」と述べ「王が規範と秩序を表すとき、道化はその規範で律しきれぬ新たな真実をそこにもたらすものである。」としています。


・ また河合先生はトリック・スターという存在について「トリックスター(trickster)とは、いたずら者、ぺてん師、詐欺師などとも訳されているが、これは神話・伝説の世界に活躍する道化であると考えればよいであろう。」とした上で「ある人が人生を創造的に生きようとするかぎり自分の心の内部のトリックスターと常に接触を失わないことが必要であることは事実である。王や英雄への同一化を急ぐあまり道化性を失ってしまった個人は、いかに弾力性に欠け、危険性に満ちたものとなるかはすでに見てきたとおりである。」と述べています。


・ 以前、お寺の座禅会にしばらく通っていたことがあります。座禅をひとしきりやったあと、お茶菓子をいただきながら和尚さんのお話を聞くのですが、ある時和尚さんがその寺と縁の深い白隠和尚のお話をされた後、例えば人から「バカ!」とののしられた時、頭に来るのではなく、へらへらしながら「そうなんです。馬鹿なんです。」と言えるようでなくてはいけない、とおっしゃっていたことが印象に残っています。


・ 私はまた長年、気功・太極拳教室に通っています。そこで常々先生から言われていることはとにかく「脱力」ということが大事だということです。最近やっている修練では、2人でペアになって一人がもう一人の後ろに回り、上腕のあたりを両手で挟んで前の人を動かそうとし、それに対して前の人は動かないように踏ん張ります。


・ お互いに力と力のぶつかり合いになってしまうと、なかなか相手を動かすことはできないですし、やっていてもあまり気分がよくありません。自分という個と相手の個が力でぶつかり合うと、お互い固くなってしまい、固体と固体のぶつかり合いで気分よくありません。


・ 脱力して、自分と相手が液体になり、水が混じり合うように相手と一つになった感覚で力を流し込んで行くと、脱力しているのに相手を簡単に動かせてしまうことを体験します。もちろん、これも動かそうとするとつい力が入ってしまうので常に上手くはいかないのですが。


・ 「愚者」は脱力系の人物だと思います。フォレスト・ガンプは何も世俗的な権力を持たないのに、世間に対して大きな影響力を持ってしまいます。座禅を習った和尚さんがおっしゃったようにバカになるというのは大事なことかもしれません。私はまだまだ修行が足りないので、人から「バカ!」と言われればつい、「何を!」となってしまいますが。


白隠慧鶴自画賛「すたすた坊主」
白隠慧鶴自画賛「すたすた坊主」

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