マルセイユ・タロットの起源
・ マルセイユ・タロットの元になったカードは、15世紀前半に北イタリアで貴族の遊びや賭博に使用されたカードが起源とされています。それが15世紀末にフランス南部のマルセイユに伝わり、17~18世紀においてデザインが洗練されていき、中でもニコラ・コンヴェルが1720年頃に制作したコンヴェル版が現在のマルセイユ・タロットの元型になったとされています。
・ 以上がマルセイユ・タロットの表面的な歴史ですが、その裏で、マルセイユ・タロットの成立にはカトリック教会が異端として弾圧したキリスト教の一派である、カタリ派の思想が関係する、というような話も聞いたことがあります。カタリ派というのは12世紀から14世紀にかけてフランス南部で栄えた、キリスト教の一派です。徹底的な禁欲主義や精神世界への関心など、神秘主義的な傾向を持っていたとされています。
・ カタリ派はローマ・カトリック教会からは異端とされ、アルビジョア十字軍によって徹底的に弾圧されました。アルビジョア十字軍というのは、1209年、ローマ教皇インノケンティウス3世がカタリ派(中心都市がアルビであることからアルビ派とも呼ばれます)を討伐するために呼びかけた十字軍のことです。北フランスの諸侯を中心に結成され、これに対して南フランス諸侯が反撃する中で、この十字軍はフランス王ルイ8世によって王権の南フランスへの拡張に利用されました。
・ 最終的にカタリ派は敗北し、その後、カタリ派に対して徹底的な弾圧が始まりました。そして異端審問によって多くの人が火あぶりになりました。独自の文化を持っていた南フランスはこの十字軍による戦乱の中で荒廃し、フランス王の支配下に入ることにより北フランス文化の流入を受けることになりました。
・ もともとカトリック教会の聖職者の堕落に反対する民衆運動として生まれたカタリ派は、南フランスと北イタリア一帯で活発でした。カタリ派は善悪二元論的なマニ教の影響を受け、また教会の堕落、富や権力への批判をしてキリスト教の原点回帰を目指したと言われています。父権的・男性的なカトリック教会に対して、カタリ派は女性原理や神秘主義的傾向を持つものだったようです。
・ 異端とされたカタリ派の教えは表向きに文書の形で残せないので、プレイング・カードとしてのタロットの中に密かに込められた、とされています。そしてカードの絵柄に彼らの隠された秘密の教えや象徴体系が埋め込まれたと言われています。もちろんこれらに関してはっきりした証拠がある訳ではありません。カタリ派は南フランスを拠点としていたため、この地域に伝わる黒いマリア信仰との関連も言われています。さらに黒いマリアについては昨日お話したマグダラのマリアとの関連が言われます。どちらも権威に抵抗する異端的な側面で共通する面があります。南フランスには現在でも独特の文化が維持されており、中央権力に対する反骨精神は今も残っています。
・ 『レンヌ=ル=シャトーの謎』等の書籍では、イエスは復活後、人々に守られて小舟で地中海を渡り、南フランスのラングドック地方に逃れそこで生き延びたという伝承が記されています。この小舟にキリストと一緒に乗っていたのは、マグダラのマリア、マリア・サロメ、マリア・ヤコベ、従者のサラ、マルタ、ラザロ、信徒のサン・マキシマンたちだったそうです。キリスト一行が漂着したのは、南仏マルセイユの西方に位置するサント=マリー=ド=ラ=メール(Saintes-Maries-de-la-Mer)と言う港町だそうです。そしてこの名前は「海(から)の聖マリアたち」という意味なのだそうです。次の写真はマグダラのマリアの聖遺物が保管されている聖堂を以前訪れた時お土産に買った本の表紙で、一行の上陸の様子が描かれています。

・ 彼らはここで、キリストの真の教えの伝道に努めたとされています。レンヌ=ル=シャトーはラングドック地方にある村の名前です。この地では古くからイシスや黒い聖母、マグダラのマリアと関係した信仰が行われていた、と言われています。南仏で「黒い聖母」というと、サント=マリー=ド=ラ=メールに祀られているロマ(主にヨーロッパを中心に生活する移動型民族の総称)の守護聖人である聖女サラ(サラ・ラ・カリ)のことを指すのが一般的だそうです。彼女の肌が黒かったことから「黒い聖母」と呼ばれるそうです。

・ 毎年5月にサント=マリー=ド=ラ=メールで行われる祭りで、ロマの人々が彼女の像を海まで運ぶ儀式が行われるそうです。彼女はマグダラのマリアに従者として南フランスに漂着したとされています。黒い聖母にはさらにキリスト教信仰以前に広まっていたオリエントやケルト文化圏の大地母神信仰と関連があるという説もあるそうです。これらの伝承には歴史的な証拠はなく、今の所、単なる伝承にすぎません。しかしながら、徹底的な弾圧にあったカタリ派の人びとが抱いた強烈な思いが、人々の普遍的な共通無意識の中に残り、それが共通無意識を通じて、現在タロットをリーディングする私たちの受けるイメージや言葉の中に蘇って来る、ということがあり得るのではないかと考えています。
・ ユングは個人的無意識について「一度は意識されながら強度が弱くなって忘れられたか、あるいは自我がその統合性を守るために抑圧したもの、あるいは、意識に達するほどの強さをもっていないが、なんらかの方法で心に残された感覚的な痕跡の内容から成り立っている」としました。 一方普遍的無意識は「個人的に獲得されたものではなく、生来的なもので、人類一般に普遍的なものである」としています。
・ 両者の関係について河合隼雄先生は「その閉じられた有限の個人の世界が、実は普遍的に人類一般に開かれているところに面白みがある」と述べられています(『無意識の構造』河合隼雄著 中公新書)。 これをヒントに私なりに解釈すると、個人的な無意識は何らかの形で普遍的な無意識につながっており、個人的無意識に蓄えられていた記憶が、何らかの通路を通って、普遍的無意識の中に流れ込んで行くのではないかと考えています。 ただし、個人の記憶の全てが普遍的無意識になるのではなく、両者の間の通路には何らかのフィルターがついておりそれによって取捨選択が行われているのではないか、と考えています。
・ 多数の個人がある共通する強烈な記憶をもった場合、それは普遍的無意識の中に流れ込んで行くのではないか、と考えています。 そこにどういう尺度、基準があるのか? 思いの強さ、あるいはどれだけ多くの人によってその思いが共有されたか等により影響されるのか? あるいは、その思いに含まれる記憶の質もそれに関係するのか?(例えば、その内容が人類全体にとって普遍的に共有されるべき倫理的規範に関係する事柄が普遍的無意識で記憶される、等)などと考えています。
・ その尺度とはどういうものなのか、フィルターによる取捨選択は何(誰)によって行なわれているのか等については、今後さらに考えていきたいと思っています。 いずれにせよ、多くの人々が歴史の流れの中で抱いた強烈な思い、それは記録として残されていようといまいと、人々の普遍的な共通無意識の中にしまい込まれ、それが必要とされる場面で私たちの意識に浮かび上がってくるのではないでしょうか。
・ そうだとすると、私たちはタロット・リーディングを行う時、自分の中にあるそうした宝庫にアクセスして、そこから必要な言葉やイメージを取り出してくることができる可能性があるのではないでしょうか。マルセイユ・タロットのリーディングをやっていて、タロットの絵柄の中に神話的物語からの暗喩のようなイメージが浮かび上がって来るとき、私たちはこうした普遍的な共通無意識にある泉につながり、そこから水を汲み上げることができるのではないでしょうか。




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